賃貸アパート・マンションの売却時にかかる税金と活用可能な特例制度を税理士が解説
税理士の見解
「賃貸用不動産の売却時の税金のポイント」
・特定事業用買換え特例は要件が改正されてから賃貸業では使いにくい制度となっている
・その他に使える特例が1,000万円特別控除くらいなので、適用を忘れないように注意が必要
目次
みなさん、こんにちは。
マルイシ税理士法人の税理士の鈴木です。
賃貸不動産を売却した場合にも自宅の不動産の売却をした場合と同じように、売却益に対して譲渡税(不動産の売却による所得税、復興特別所得税と住民税の総称。以下同じ。)が課税されます。その反面、売却損となっている場合には、譲渡税は課税されません。
また、その売却損は、他の不動産の売却益との通算(内部通算)はできますが、所得区分の垣根を超えて、給与所得や不動産所得などの他の所得から控除(損益通算)はできません。
自宅を売却した場合には、「損益通算の特例や繰越控除の特例」といった、売却損に対しての特例を受けることができますが、賃貸用不動産ではその特例を受けることはできません。
同様に、自宅の売却益に対する「3,000万円特別控除や軽減税率の特例」も賃貸用不動産の売却益では適用できません。
賃貸不動産の売却においては、税制上あまり優遇されていないのが現実です。
では、その中譲渡税をなるべく抑えるにはどうしたら良いでしょうか。
今回は、不動産税理士として、自宅や賃貸不動産の売却の申告に年間100件以上関与している経験から、賃貸不動産を売却したときの税金について分かりやすく解説します。
賃貸不動産を売却する際にかかる税金とは?
まずは、譲渡所得、譲渡所得税の計算方法をそれぞれ見ていきましょう。
譲渡所得及び譲渡税の計算方法
売却益は、不動産の売却代金から取得費(購入金額などの原価)および、仲介手数料など売却する際に支払った譲渡費用を控除した金額をいいます。
譲渡税は売却利益(譲渡所得)に税率を乗じて算出するため、売却損失が発生した場合には税金はかかりません。
譲渡所得税の税率
譲渡税は、所有期間に応じて「短期譲渡所得」と「長期譲渡所得」の税率を適用して税額を算出します。
- 短期譲渡所得:売却した年の1月1日時点の所有期間が5年以下の場合が対象
- 長期譲渡所得:上記の所有期間が5年超の不動産を売却したケースが対象
所有期間は売却した年の1月1日時点で判断しますので、たとえ年の途中で所有期間が5年を超える場合でも短期譲渡所得に該当するのでご注意ください。
一方で、相続により取得した賃貸アパートなどを売却した場合、先代の所有期間も引き継ぐため、合計の所有期間が5年を超えていれば長期譲渡所得です。
なお譲渡税の税率は固定であり、売却利益の大小で税率が変わることはありません。
短期譲渡所得の方が長期譲渡所得よりも税率が高いため、支払う税金を抑えるために長期譲渡所得に該当するまで売却を待つ手段もあります。
所得区分 | 所有期間 | 所得税(※) | 地方税 | 合計(※) |
---|---|---|---|---|
短期譲渡所得 | 5年以下 | 30.63% | 9% | 39.63% |
長期譲渡所得 | 5年超 | 15.315% | 5% | 20.315% |
※復興特別所得税を含む
譲渡所得税について詳しく知りたい方は、「譲渡所得税とは?計算方法や節税ポイントを不動産税理士が徹底解説」を御覧ください。
賃貸不動産の売却時に注意すべきポイント
不動産を売却した場合の譲渡税の計算方法は、不動産の種類によって変わることは基本的にありません。
しかし、事業用と非事業用の不動産では、一部計算方法が異なる部分や、賃貸不動産を売却した際に注意すべきポイントがありますのでご紹介します。
賃貸用建物の取得費の金額は「基本的に」確定申告書の数字と一致する
売却不動産に建物がある場合、購入金額から減価償却費相当額を控除した額が取得費となります。
自宅など非事業用資産を売却した際の減価償却費は、耐用年数なども通常の耐用年数の1.5倍の年数を使うなど少し特殊な計算を行います。
それに対して、賃貸不動産の場合には、毎年確定申告で減価償却費の計算を行っているため、確定申告書の収支内訳書(青色決算書)に記載してある未償却残高(簿価)が、「基本的には」譲渡所得の取得費と一致します。
しかし、理屈上は一致すると言っても過去の計算の誤りなどがあるかも知れませんので、単純に未償却残高を鵜呑みにするのは得策とは言えません。
譲渡所得を計算する場合には、きちんと取得費の計算で控除されるべき減価償却費相当額を計算し直すことになりますが、これができていないケースも見受けられます。
不動産の譲渡所得の確定申告に慣れている税理士に相談をして、計算に誤りのないように注意してください。
譲渡所得と不動産所得は別の所得区分
不動産賃貸収入は不動産所得、賃貸不動産を売却した場合は譲渡所得と、同じ不動産から得た収入でも、対象となる所得区分は異なります。
不動産所得と譲渡所得では適用される税率が異なりますし、不動産に対しての経費はどちらか一方の費用としてしか計上できません。
例えば、不動産を売却するために借主へ支払った立ち退き料は、不動産所得ではなく譲渡所得の費用として計上します。
また不動産所得の損失は、給与所得などと損益通算できますが、売却損失については他の所得と損益通算はできません。
不動産を同年中に複数売却した場合については、売却益と売却損を相殺することは可能なので、損益が発生する不動産を処分する際は同じタイミングで売却するなどを検討するのも効果的です。
賃貸不動産の建物は消費税の課税対象
今回は、所得税の譲渡所得を中心に書いていますが、賃貸不動産のうち建物の売却対価については、消費税の課税対象となるので注意してください。
実務経験上、忘れてしまいがちな論点として賃貸不動産の売却時の消費税があります。
必ず、売却をした年の2年前に賃貸不動産の売却をしていて課税売上高(消費税の課税対象となる収入)が1,000万円を超えていないかを確認するようにしてください。
毎年消費税の申告をしていなければ忘れやすいポイントなので注意してください。
また、今回売却した賃貸不動産の建物対価が1,000万円を超えるときには、2年後に消費税の課税事業者となります。
2年後の不動産の売却などは、消費税の納税に大きな影響を与えることがありますので、税理士に相談しながら売却活動を進めていくことをおすすめします。
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賃貸アパート・マンションの買換えに利用できる特例制度
特定事業用資産の買換え特例
賃貸アパート・マンションを売却して新しく事業用資産を購入した場合、一定の要件を満たすと、譲渡益の一部に対する課税を将来に繰り延べることができる「特定事業用資産の買換え特例」を利用できます。
売却金額よりも買換金額の方が多い場合、売却金額に20%の割合(※)を乗じた額を収入金額として譲渡所得の計算を行います。
したがって、最大で80%の譲渡税を将来に繰り延べることのできる(先送りにできる)制度です。
※特定の地域から地域への買換する際は、20%の課税割合が25%または30%になる場合もあります。
特定事業用資産の買換え特例の計算式
売却金額と買換金額の大小比較 | 譲渡所得の計算式 |
---|---|
売却金額≦買換金額 |
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売却金額>買換金額 |
|
※課税割合が20%の場合
特定事業用資産の買換えの特例が適用できるケースは、特定の事業用の不動産を売却したタイミングで、一定期間内に特定の不動産を購入し、かつ取得した日から1年以内にその買換資産を事業用として利用した場合です。
売却資産と買換資産には組み合わせがあり、現在、特例の適用対象となる組み合わせは多数あり、それぞれ適用要件が異なります。
代表的な組み合わせ
売却した年の1月1日時点で所有期間が10年を超える不動産を売却し、国内にある土地等や建物を取得するケースです。
売却時点で事業用として使用していない不動産や、特例を適用する目的で一時的に事業として使用した不動産を売却した際は、特定事業用資産の買換え特例は適用できません。
また、購入する土地等には300㎡以上の面積要件があり、事務所や事業者などの特定施設の敷地として利用することが条件です。
そのため、事業用として購入した土地であっても、特定施設がない物品置場や駐車場として使用する場合には、特例を適用することはできません。
この買換資産の面積要件などができたことにより、不動産賃貸業における特定事業用資産の買換え特例は適用要件を満たすことが難しい特例となってしまいました。
特定事業用の売却資産と買換資産の組み合わせにより、適用要件は変わりますので、 換え特例を適用する際は、売却前に不動産を専門とする税理士へ相談することをおすすめします。
なお、特例を適用する際は確定申告が必要であり、申告時期は売却した翌年2月16日から3月15日の1か月間です。
申告期限を過ぎると特例が適用できなくなってしまうので、特例要件の確認と共に、申告で必要な書類等も事前に揃える必要があります。
特定事業用資産の買換え特例の適用を受けるためには事前の届出が必要
令和6年4月1日以後に譲渡資産の譲渡と買換え資産の取得を両方行う場合には、事前の届出が必要となります。
・届出書の提出期限
届出ようとする資産の譲渡の日を含む3ヶ月期間の末日の翌日から2ヶ月以内に提出が必要となります。
具体的な期日は下記の表となります。
譲渡の日(先行取得の場合は取得の日) | 提出期限 |
---|---|
1月1日から3月31日まで | 5月末日 |
4月1日から6月30日まで | 8月末日 |
7月1日から9月30日まで | 11月末日 |
10月1日から12月31日まで | 翌年2月末日 |
※提出期限が土日祝の場合には、これらの翌日が提出期限となります。
その他の特例制度
1,000万円控除の特例
賃貸不動産については、前述のように基本的に使える特例がありませんので、譲渡所得そのものに税金が課税されてしまいます。
そんな中でもし、適用を見つけたらラッキーと思えるのが「1,000万円特別控除の特例」です。
賃貸不動産に限った話ではなく、平成21年・22年に取得した国内の土地または土地の上に存する権利(以下「土地等」)を売却した際に適用できる制度です。
賃貸不動産だけの特例ではないので、賃貸不動産の売却の際にこの特例の適用が思い浮かばないケースも多いですが、要件は複雑でなく、適用の有無に気づけるかどうかの話になってきますので意識しておいていただくと良いと思います。
まとめ
不動産の売却にかかる譲渡税の計算の流れは、不動産の種類にかかわらず基本的には同じです。
ただし、賃貸不動産の売却においてはマイホームの売却のように適用できる特例が多くありませんので、適用できる特例の見落としがないように注意しましょう。
また、取得費の計算で利用する、減価償却費相当額の計算も賃貸不動産とマイホームの不動産では計算が異なるなど細かい点でも注意することが多いです。
不動産の売却時には、事前に売却利益が発生するかどうかを不動産に強い税理士に相談して、買換え特例の適用も含めた節税対策をご検討ください。