不動産の法人化の最大のメリットは相続税の節税!?相続税対策の仕組みと注意点について解説
税理士の見解
高齢の不動産オーナーの場合には、法人化により、かえって将来の相続税を増加させてしまう可能性があるため慎重に検討する。
目次
こんにちは。マルイシ税理士法人の代表税理士の藤井幹久です。
不動産の法人化について相談を受ける際、個人オーナーから「毎年の税金がいくら安くなりますか」という質問を受けることが多いです。
法人化といえば、毎年の所得(家賃収入)に対する税金(所得課税)を安くできる手法、というイメージがまだまだ強いようです。
しかし、個人オーナーの相続まで十分な時間がある場合に、法人化の効果を大きく実感できるのは「相続税(財産課税)の節税」です。
法人化により、本来個人に貯まっていたはずの家賃収入(相続財産)を、長い年月をかけて法人という「箱」に貯めていくことができます。
家賃収入や資産規模が大きければ、相続時に数千万円単位で相続税を節税できることもありますが、この法人化の「本当のうまみ」は意外と知られていないような気がします。
不動産の法人化が所得課税の節税に効果があることは事実ですが、私個人としては、相続税対策や事業承継対策で活用する1つのスキームであると位置づけています。
ただし、不動産の法人化が相続税対策に大きな効果をもたらす可能性がある一方で、法人化のやり方次第では、財産や債務の内容が大きく変動してしまい、かえって相続税の負担を増加させてしまうデメリットもあります。
今回は相続税対策で法人化をする際の基本的な内容として、その効果や注意点などを解説していきます。
不動産の法人化を利用した相続税対策とは?
法人化により財産を法人と個人に分ける
個人の不動産賃貸業から発生する家賃収入は、不動産所得に該当し、原則として確定申告をする必要があります。
家賃収入が多くなると、毎年の税金(所得税等)が高くなってしまうという問題点があります。
また、それだけでなく、蓄積した家賃収入により、将来の税金(相続税)が高くなってしまう可能性があります。
これに所有している財産も個人の相続財産を構成しますのでなるべく財産の蓄積を抑えることが必要になります。
このような将来の相続税の対策として、法人で不動産賃貸業を行うこと(法人化)が挙げられます。
法人化により、毎年の税金や将来の税金を大きく節税することができる場合があります。
個人から法人へ不動産を移転することにより、個人への家賃収入の蓄積を抑制することができます。
また、不動産賃貸業のために設立された法人の財産は、個人の財産とは区別されますので、不動産自体に対する相続税の課税の対策ともなります。
相続人への財産の移転を法人化により実現
相続税の負担を減らすためには、生前から個人の財産を相続人へ移転する必要があります。
例えば、毎年、税金と生活費を支払った後の家賃収入が500万円ずつ残るとすると、10年間で5,000万円、20年間では1億円の財産が増加することになります。
相続時にはこの増加した財産にも相続税が課税されることになります。
家賃収入から経費を支払いますし、その所得に所得税・住民税の支払いもありますので、単純に家賃収入が残るわけではないのですが、個人オーナー1人に所得が集中すると、将来の相続税も増加しやすくなります。
法人化をして、その役員に配偶者や子を就任させ、役員報酬を出すことで家族に所得を移すことができます。
これにより、個人オーナーが1人で受けていた家賃(所得)を、法人を通じて家族に分散することができます。
所得を分散すると、家賃収入は役員報酬を通じて配偶者や子といった家族に貯まるため、オーナー個人の相続財産の蓄積を抑制し、将来見込まれる相続税の負担を軽減することができます。
相続対策以外の法人化のメリット・デメリット
相続対策を中心にまとめて来ましたが、相続対策以外にも法人化をする上でのメリットがあります。
また、法人化によるデメリットもあるのでしっかりと確認しておきたいところです。
法人化のメリット
まず、法人化によるメリットとしては、主に以下のような点が挙げられます。
- 毎年の所得税等の節税が可能
- 最大のメリットは、法人を通じた所得の分散により、毎年の所得税等の節税が行えることです。
所得分散による効果
家賃収入であれば不動産オーナー1人の不動産所得となり、所得税等が課税されます。
これを法人を通じて役員報酬で家族に分散することにより、役員それぞれの給与所得として所得税等は計算することができます。
所得税は所得が大きいほど段階的に税率が高くなるため、法人化により所得を分散することで、個人1人に適用されていた税率よりも、家族それぞれに適用される税率は低くなり、家族全体で支払う所得税等の負担を軽減することができます。
…(所得税・住民税)316万円
不動産所得1,000万円を法人が受けとりオーナー500万円、妻300万円、子200万円ずつ受けた場合の3人の税金の合計
…(所得税・住民税)115万円
所得1,000万円を家族3人で分散して受けたため、1人ずつの所得が小さくなり、各個人に適用される税率が下がったことで、家族全体で負担する税金が少なくなりました。
経費として認められる範囲が広い
個人は、事業者としての立場と消費者としての立場を有しておりますが、法人はすべての行為が事業にあたるため、これらを明確に区分して考える必要がありません。
そのため、税務上も個人よりも法人の方が、経費の範囲を広く捉えております。
その他のメリット
その他にも、会社形態にすることで下記のメリットがあります。
- 株式の贈与などによる事業承継が可能
- 欠損金の繰越(個人は純損失の繰越控除が3年なのに対し、法人は原則として10年)
- 役員の各人が給与所得控除を受けられる
- 死亡退職金制度の活用が可能
法人化のデメリット
次に、法人化によるデメリットとしては、主に以下のような点が挙げられます。
費用がかかる
法人を設立する際には、設立登記のための費用がかかります。
また、不動産所有方式で個人から法人に不動産を移転する場合には、譲渡所得に対する所得税、住民税、不動産取得税、登録免許税、消費税(一定の場合に限ります)などといった移転コストがかかります。
赤字でも納税が必要
法人の場合には、例え赤字であったとしても法人住民税均等割を支払わなければなりません。
均等割は、自治体により異なりますが、原則として7万円となります。
よく「法人が赤字でも最低7万円の納税が必要」と言われているのは、この法人住民税均等割のこととなります。
社会保険への強制加入
所得分散のために配偶者や子に役員報酬を出すのは上記のとおりですが、法人が役員報酬を出すと社会保険への加入が強制されます。
法人の負担分と役員個人の負担分を併せて、社会保険料は役員報酬の3割弱となるため、負担はかなり大きくなります。
個人の場合には、常時使用する従業員が5人未満の場合などは社会保険への加入義務はありません。
その他のデメリット
その他にも、個人の確定申告に比べ、法人の決算申告の方が手間がかかることが多く、税理士への申告報酬も一般的に法人の方が高額となります。
また、他に職業のある家族を役員にする場合には、勤務先の副業禁止規定に抵触しないかの確認が必要になります。
不動産経営の法人化を判断する基準
法人化の目的は色々考えられますが、判断する1つの基準として所得規模が挙げられます。
個人の所得については、所得税や復興特別所得税、住民税、事業税などが課税されます。
これに対して、法人の所得については法人税や地方法人税、法人住民税、法人事業税などが課税されます。
それぞれ個人も法人も税率が異なりますが、所得に対するこれらの税額の税率を実行税率といい、この実行税率が個人よりも法人が低くなるのが、課税所得金額600万円付近だと考えられます。
そのため、個人の場合には、家賃収入から経費を控除(課税標準)し、
さらにそこから所得控除を控除した額が、600万円を超えた辺りから、法人化を検討するのが良いと考えられます。
法人化で検討すべき株主構成の考え方
株式会社形態で法人化を検討されている方は株主の構成についても考える必要があります。
自分が株主となるのか、それとも将来の相続人も株主となるのか株主構成に検討が必要です。
将来の相続人を株主にして相続財産の増加を抑制
相続税対策で考えるのであれば、配偶者や子など将来の相続人を株主にすることが検討できます。
個人オーナー(将来の被相続人)が所有する株式は、相続の際に相続財産となります。
法人で不動産賃貸業を長年営み、法人の財産が増加すると株価も上昇し、相続税の負担が増加します。
これに対し、将来の相続人を当初から株主にしておくことで、法人の財産が増加しても既にこの株式は相続財産ではないため、相続税の増加を抑制できます。
承継者が決まっていない場合はあとから贈与も検討
相続人である子が複数いて承継者が決まっていなかったり、まだ子が幼かったりする場合には、当初は自分が株主となり、タイミングをみて株式を贈与していく方法もあります。
ここで移転する株式の所有割合ですが、最終的に承継者である相続人の1人が100%を所有するのが望ましいです。
株式は法人の意思決定権ともいえるためです。
例えば、もし、株式を仲の良くない兄弟間で分散して所有してしまうと、法人が所有している不動産を処分する際に揉めてしまうなど、将来に渡って問題が発生してしまいます。
子が複数いる場合には、法人をその数だけ設立してそれぞれの子にそれぞれ単独で株式を所有させるなど、遺産分割まで考慮した出口戦略を練る必要があります。
法人化の手順~不動産経営の法人化の3つのスキーム~
不動産の法人化をする場合には、以下の3つのいずれかの方式による法人を設立することとなります。
①管理受託方式
法人が管理業務を受託して、個人オーナーから物件の管理料を受け取ります。管理料は市場相場に合わせる必要がありますが、賃料の4~6%程度が目安となります。
②サブリース方式
法人が個人オーナーから不動産を一括して借り受け、入居者に転貸する方式です。
転貸で得られる家賃収入と個人オーナーに支払うサブリース料の差額が法人の所得となります。
法人に移転できる所得の目安は市場相場に合わせる必要がありますが、転貸賃料の10~15%程度となります。
③不動産所有方式
建物のみ、または土地と建物の両方を法人が所有する方式です。
建物(及び土地)が法人の所有となるため、基本的に賃料の100%が法人に移転します。
不動産経営の法人化をする方法・手順
①法人化の節税シミュレーションをする
不動産経営から生じる所得の金額、他の所得の有無、所得控除の額、法人化した後の人件費、相続財産規模、家族構成、不動産オーナーの年齢など法人化の上で検討する要素は様々で、人それぞれ状況は異なります。
まずは、法人化が必要かどうか、不動産経営に強い税理士に相談しましょう。
法人を設立することが決まった後も諸々の手続きが必要になります。
②設立する会社の種類や会社の基本事項を決める
設立する会社の種類(例:株式会社、合同会社など)や、商号、目的(事業内容)、本店所在地、資本金、役員構成(社員構成)、事業年度などの会社の基本事項を定めます。
③定款を作成する
会社の基本事項の内容などに基づいて、定款を作成します。
定款には必ず定めなければならない事項(絶対的記載事項)と定款に定めることで効力を発する事項(相対的記載事項)があり、それを踏まえた上での作成が必要です。
定款の作成は、専門家に依頼するとよいでしょう。
作成した定款は、登記申請の前に、公証役場での認証手続きが必要です。
④出資をする
発起人の口座に、資本金の払い込みを行います。
⑤設立登記・口座開設をする
法務局に登記申請を行います。
登記の申請は、本店所在地を管轄する法務局で行いますが、代表者のマイナンバーカードとICカードリーダライタがあれば、オンラインで登記を申請することも可能です。
申請は、司法書士に依頼することもできます。
設立登記が完了したら、金融機関で法人名義の口座を開設します。
法人化完了後に行うこと
法人化が完了したら以下の2点も忘れず行いましょう。
①社会保険関係の手続き
社会保険の手続きでは、年金事務所に、法人の「新規適用届」と個人ごとの「資格取得届」を提出します。
②税務関係の手続き
税務の手続きでは、税務署や都道府県税事務所、区市町村に、法人の設立届を提出します。
税務署には、必要に応じて
- 給与支払事務所等の開設届出書
- 源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書
- 青色申告承認申請書
- 土地の無償返還に関する届出書
などの提出も行います。
相続対策として法人化する際に気をつけるべきポイント
建物の売却による貸付金の発生に注意
不動産所有方式による法人化を目的として、個人で所有していた建物を法人に売却することがあります。
この際に、法人がその建物の取得に充てるための融資を受けられれば良いのですが、そうでない場合には、一旦、個人から売買代金相当額を法人に貸し付けたことになります。
そして、この貸付金は個人オーナーの相続の際には相続財産となってしまいます。
法人は不動産の取得を時価で認識しますので、個人においては売却した建物の時価相当額(鑑定評価額など)が貸付金となり、相続税の課税対象となります。
もし、法人化をせずに個人で建物を所有し続けていれば、相続税法上は「貸家」としての低額な評価額(原則として固定資産税評価額の70%)で済むはずが、思わぬ相続財産の増加を招いてしまう可能性があります。
例えば、高齢な個人の不動産オーナーが、時価の高い建物を法人に売却して法人化をした場合、売却対価として高額な貸付金が発生し、これが解消されないまま相続を迎えてしまうと、かえって将来の相続税の負担が増加してしまうことになります。
高齢な不動産オーナーの法人化には、事前の慎重な検討が必要になります。
よくある質問
最後に、不動産の法人化について、よくある質問を確認します。
Q:個人で土地を所有していると相続税が課税されてしまうため、アパートの建物だけでなく、その敷地である土地も法人化(法人へ売却)しようと考えています。相続税の節税になりますか?
A:個人から法人へ土地を売却して法人化をすると、下記のデメリットがあります。
- 個人から法人への土地の売却は時価となるため、その時点で個人で所有する期間の土地の含み益が実現し、多額の譲渡税がかかる可能性があります。
-
個人が受け取った上記の土地の売却代金が、将来の個人の相続財産になります。法人に売却代金の支払能力がない場合には、個人から法人に売却代金相当額を貸し付けたことになり、この貸付金は将来の個人の相続において相続財産となってしまいます。
土地の売却代金(貸付金)は高額なため、かえって将来の相続税の負担が増加してしまう可能性が高くなります。
-
法人が個人から土地を購入する際には、土地自体の評価額が高いため、多額の登記費用や不動産取得税がかかります。
家賃収入は建物について発生するため、上記の高いコストを支払って敷地(土地)を法人に移転しなくても、建物のみの移転で十分な法人化の節税効果を得られることがほとんどです。
まとめ
個人の不動産オーナーに不動産収入が蓄積していけば、当然、相続財産は増加し続け、多額の相続税が課税される可能性があります。
将来相続が発生した場合、その相続税を支払うことができなければ、相続人に不動産経営を承継することができず、先祖代々守ってきた不動産を売却することになるかもしれません。
これらの悩みを解消する手段の一つとして「法人化」がありますが、すべての不動産オーナーに法人化が有効な手段になるとは限りません。
特に個人オーナーの年齢には最も注意が必要です。高齢の場合には相続までの時間的な余裕がなく、所得分散の恩恵も十分に受けられないどころか、逆に法人の設立コストや不動産の移転コスト、建物の売却による貸付金の発生により、マイナスの効果を招いてしまう可能性すらあります。
自分にとって法人化することが適切なのか、どのように法人化をすべきかは、具体的な情報や数値をもとにして相談するしかありません。
法人化の際には、事前に不動産に強い税理士に相談をしてから進めるようにしましょう。