現金を相続するには?手数料やその際にかかる相続税について
目次
相続財産には不動産や株式などさまざまな種類がありますが、その中で最も身近なのが「現金」です。現金は、相続財産の対象となります。では、現金を相続する場合、何か特別な手続きをしなければならないのでしょうか?また、現金を相続財産として残しておくことには、どのようなメリットとデメリットがあるのでしょうか?本日は、知っていそうであまり知らない現金の相続について解説していきます。
相続財産における現金の扱い方
相続財産の中には、現金と同じように扱われることの多い財産として、預貯金があります。現金と預貯金は、「現金預金」とか「現預金」など言われるほど同列に扱われることが多いのですが、実はその性質は全く異なります。
そこでまず、この両者の違いを明確にし、現金とはいったい何なのかを浮き彫りにしてみたいと思います。
現金と預貯金の違い
現金は、通貨(コイン)や紙幣の総称として使われることが多いと思いますが、預貯金についてはどうですか?感覚的には、現金とほぼ同列に扱っているのではないでしょうか?
「財布や金庫の中で保管しているのが現金で、その現金を銀行口座で保管しているのが預貯金。どちらも元は同じ現金で、保管場所が違うだけ」というのが多くの方の感覚なのではないかと思います。
しかし、民法上、現金と貯金は全くその扱いが違います。
現金は「物」と同じ
民法では、現金は物と同じ扱いをします。ですから、シャープペンやコーヒーカップなどと同じです。違うのは、通貨としての役割があるかどうかだけですが、少なくとも財産を分類する上であまり重要なことではありません。
預貯金は「権利」である
では、預貯金とは一体何でしょうか?預貯金とは、実は「権利」なのです。私たちは銀行に預金を預け入れますが、正確に言うとこの行為は、私たちが銀行に現金を貸し付けていることに他なりません。
ですから、預貯金は私たちにとって銀行に対する債権であり、銀行から見ると債務ということになります。別の言い方をすると、「預貯金とは私たちが銀行からお金を返してもらう(=引き出す)権利である」とも言えます。
ちなみに、民法では債券に期限が設けられています。債権は10年行使しなければ消滅し、その中でも特に商事債権は5年で消滅します。銀行預金はこの商事債権にあたるため、権利を行使しなければ理論上5年で消滅することになります。
もちろん、実際に私たちの預貯金が消滅するわけではありませんが、10年が経過すると休眠預金となり、その管理は金融機関から預金保険機構に移されることになります。
現金の相続
現金は、言うまでもなく相続財産のひとつです。したがって、相続人同士で話し合い(これを「遺産分割協議(いさんぶんかつきょうぎ)」といいます)、「誰が何を相続するか」が決まるまでは相続人全員の共同財産となるため、誰も手にすることはできません。
判例変更によって預貯金も遺産分割協議の対象に変更
いっぽう預貯金は、かつては遺産分割協議の対象ではありませんでした。したがって、法定相続分の範囲内であれば、他の相続人の同意を得る必要なく預貯金を自由に引き出すこと可能でした。
しかし、平成28年12月19日に最高裁は、「預金債権は、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となるものと解する」との判断を示しました。
つまり、相続財産に含まれている預貯金は、従前の「遺産分割の対象ではない」という立場から、「遺産分割の対象である」という立場に180度変わったわけです。
なぜなら、土地のように分割できないものが相続財産に含まれている場合は、土地を誰かが相続する代わりに他の相続人は現金預金などを多めに相続することで公平性を保とうとします。しかし、預貯金だけ先に引き出されてしまうと、こういった調整が出来なくなってしまいます。今回の最高裁の判決は、こういった事情を斟酌した上での判決だと解されます。
現金を相続する際にかかる相続税の計算方法
相続税の計算は、たとえば「土地」や「株式」のように、財産ごとに行うわけではありません。したがって、現金だけの特別な相続税の計算方法はありません。
そこで、仮に相続財産が現金のみであった場合、相続税をどのように算出していくのかをご紹介します。そのための条件を、以下のように設定します。
- 相続財産・・・現金1億円
- 法定相続人・・・配偶者、長男(合計2人)
- 葬式費用などの債務の合計金額・・・1,000万円
- 相続方法・・・法定相続分にしたがって相続する
相続税の計算手順
相続税を計算する場合、以下の5つの手順に従って相続税を算出します。
- 相続財産の正味の遺産額を算出する
- 正味の遺産額から基礎控除を引いて課税遺産総額を求める
- 法定相続分で分けた場合の相続税を相続人ごとに計算し相続税の総額を求める
- 相続税の総額を、実際の相続分で按分する
- 各人の相続税額から税額控除を行う
それでは、先程の条件を用いて、上記の手順に従って相続税の計算をしてみます。
手順① 相続財産の正味の遺産額を算出する
相続財産にはプラスの財産とマイナスの財産があります。正味の遺産額を算出するために、それらを合計します。
手順② 正味の遺産額から基礎控除を引いて課税遺産総額を求める
相続税には、相続財産から一定額を控除(=引くこと)してもらうことができる「基礎控除」という制度があります。相続税の基礎控除は、以下の算式で計算します。
したがって、設例の場合の基礎控除は以下のようになります。
よって、
となります。
手順③ 法定相続分で分けた場合の相続税を相続人ごとに計算し相続税の総額を求める
実際に財産をどうやって分けたのかは別にして、とりあえず法定相続分で財産を分けたと仮定して、その場合の相続税を相続人ごとに計算し、最後に合算して相続税の総額を求めます。
配偶者と長男の法定相続分はそれぞれ1/2ずつですから、法定相続分に応じた取得額はそれぞれ以下の金額となります。
次に、この法定相続分に応じた相続税の税額を算出します。なお、相続税の計算には以下の税額表を用います。
【平成27年1月1日以後の場合】相続税の速算表
法定相続分に応ずる取得金額 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
1,000万円以下 | 10% | - |
3,000万円以下 | 15% | 50万円 |
5,000万円以下 | 20% | 200万円 |
1億円以下 | 30% | 700 |
2億円以下 | 40% | 1,700万円 |
3億円以下 | 45% | 2,700万円 |
6億円以下 | 50% | 4,200万円 |
6億円超 | 55% | 7,200万円 |
- 配偶者=2,400万円×15%-50万円=345万円
- 長男=2,400万円×15%-50万円=345万円
- 相続税の総額=345万円+345万円=690万円
手順④ 相続税の総額を、実際の相続分で按分する
設例の場合は法定相続分で分けていますので、相続税の総額をあらためて法定相続分で按分します。
- 配偶者の相続税=690万円×1/2=345万円
- 長男の相続税=690万円×1/2=345万円
手順⑤ 各人の相続税額から税額控除を行う
最後に、各人の相続税額から税額控除を行います。設例の場合は配偶者のみ「配偶者控除」を用いることが出来るため、配偶者が相続した財産の価格が法定相続分以下の場合又は1億6千万円以下の場合には相続税がかかりません。
したがって、最終的な各人の相続税額は以下のようになります。
- 配偶者の相続税額=0円
- 長男=345万円
現金を相続するメリット・デメリットとは?
次に、現金を相続するメリットやデメリットにはどのようなものがあるのかを考えてみましょう。
現金をそのまま相続するメリット
現金は、土地や建物などの固定資産とは違い、相続人同士で公平に分配して相続することができます。そのため、相続人同士が財産の相続方法を巡って争うことが起こりにくいと言えます。
また、他の資産のように換金する必要がないため、相続したらすぐに利用することが出来ます。
現金をそのまま相続するデメリット
現金は他の資産とは違い公平に分配できるメリットがありますが、その分だけ、少額の差でも争いに発展してしまうこともあります。
たとえば、2筆の似たような土地を2人の相続人がそれぞれ1筆ずつ相続する場合であれば、その土地の相続税評価額の差で争いになることはあまりありません。しかし現金の場合は違います。2人が相続する金額の差が少額であったとしても、その差が土地などの他の資産と比べて分かり易いだけに、かえって争いが起こる場合があります。
また、もう一つのデメリットとしては、節税が出来ないという点が挙げられます。土地を相続した場合であれば節税をする方法もありますが、現金を相続した場合は節税する方法がないため、相続した現金はそのまま全て相続税の課税対象となってしまいます。
現金を相続するための手続き
次に、現金を相続するための手続きについてお話しします。土地や建物などを相続する場合は、相続後に名義変更のための相続登記が必要となりますが、現金には名義はありませんし、預貯金のように銀行口座で管理しているわけでもありません。
したがって、現金の場合特有の手続き等はありませんが、現金を含めた財産を相続する場合は、一般に以下の手順に沿って相続のための手続きを行います。
- 遺言書の有無を確認し、相続人を特定する
- 相続財産の調査を行う
- 遺産分割協議を行う
- 名義変更が必要なものについては名義変更を行う
- 相続税の申告書を作成し、相続税を納付する
手順① 遺言書の有無を確認し、相続人を特定する
はじめに、亡くなった方の遺言書があるかどうかを確認します。遺言書があれば遺言書の指示に従い財産を相続します。
遺言書がない場合は、亡くなった方の戸籍謄本から相続人を調査し、誰が相続人となるのかを特定します。
手順② 相続財産の調査を行う
亡くなった方が残した財産にはどのようなものがあるのかを、漏らすことなく徹底的に調べていきます。
手順③ 遺産分割協議を行う
相続人が集まり、誰がどの財産をどのように相続していくのかを話し合います。話し合いがまとまったら、協議内容をまとめて遺産分割協議書を作成します。
ちなみに、遺言書が遺されていた場合は遺産分割協議を行う必要はありませんが、遺言書に書かれた財産に漏れがあった場合は、その分に関してのみ遺産分割協議を行います。
手順④ 名義変更が必要なものについては名義変更を行う
有価証券や不動産など、相続後に名義変更が必要なものに関しては出来るだけ速やかに名義変更を済ませます。
手順⑤ 相続税の申告書を作成し、相続税を納付する
最後に、相続税の申告書を作成し、相続税を納付します。なお、相続税には節税のための方法がいくつもあるため、納税額が発生する場合は税理士に相談すると節税が可能となる場合があります。
現金を相続した際に気を付けたい注意点
最後に、現金を相続した場合に気を付けておきたい注意点を2つ挙げておきたいと思います。
注意点① 同じ金額でも現金と不動産とでは相続税が変わる
相続税を計算するためには、相続財産の評価を行わなければなりません。 たとえば1億円の現金を相続した場合、その評価額は1億円ですが、同じ1億円でも土地付き一戸建て(土地5千万円、建物5千万円)を相続した場合ではまったく評価が異なります。
土地に関しては、小規模宅地の特例を活用することが出来れば80%評価減することが出来ます。建物の評価は固定資産税の評価額をそのまま用いますが、固定資産税の評価額はおおむね購入価格の7割となるため、購入した時点で3割ほど評価減されます。
したがって、現金で相続した場合は1億円であったとしても、土地付き一戸建てで相続した場合は、その半額の5千万円(土地:5千万円×(1-80%)=1千万円、建物:5千万円×80%=4千万円)にまで圧縮することができます。
つまり、元は同じ金額の財産を相続したとしても、現金のように節税が出来ないものと土地や建物のように節税が出来るものとでは、最終的に相続税が変わってくるというわけです。
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注意点② 隠ぺいして申告をしないとペナルティを受ける
現金は預貯金のように銀行口座で管理されていないため、相続財産から外してしまっても誰にもわからないと思われるかもしれませんが、残念ながらそんなわけにはいきません。
税務署は、国税総合管理システム(KSKシステム)で納税者の資産状況などのすべてを常にチェックしています。特に、相続税の納税が発生するような資産家の情報であれば、預貯金の口座情報はもちろん、ほぼ何から何まで捕捉していると言っても過言ではありません。
現金を隠ぺいして申告しないと、税務調査で延滞税はもちろん重加算税や過少申告加算税などの重大なペナルティを受けてしまうため、必ず申告漏れのないように気を付けておきましょう。
まとめ
現金は、相続人で頭割りがしやすいため、相続人同士で争いが起きにくい非常に優れた財産です。しかしその反面、評価減や特別な控除などが一切使えない厄介な財産でもあります。
相続財産が土地と建物しかなければ相続税を用意するのが大変になってしまいますが、そうかと言ってすべての財産が現金のみでは、莫大な相続税を支払うことになりかねません。
ですから、財産を引き継ぐ相続人にとってベストバランスとなるような資産のポートフォリオを生前から意識しておくことが大切です。
資産バランスの内容については、どれくらいがベストなのかは個人個人によって違うため、興味がある方は税理士などの専門家に問い合わせておくのが良いでしょう。