【不動産税理士が解説】認知症対策で家族信託を活用した実例
目次
不動産オーナーの中にも、「家族信託」という言葉は聞いたことがあるけれど、どんな仕組みなのか、自分にとって必要なものなのか、よく分からないという方も少なくありません。
今回は、当事務所に相談があった案件の中から、実際に家族信託を活用することにより、認知症による不動産取引の凍結を回避できた実例をご紹介致します。
相談の発端は父の意志判断能力の低下
今回は長男からのご相談です。実家が首都圏近郊で代々続く地主をしており、相談者の父も高齢ですが、不動産賃貸業を大きな規模で営んでおりました。しかし、父が突然脳梗塞を発症して介護が必要な状態になったため、長男の定年退職を機に家族で実家に戻り父と同居することになりました。
実家は築年数がかなり古いため、父が車椅子で移動したり、長男家族と同居したりすることは不可能な間取りでした。そこで、父が所有する土地(畑)を売却し、自宅の建て替え資金とすることで家族の意見が一致しました。しかし、脳梗塞後に父の意志判断能力が急激に衰えてきており、このまま認知症になってしまった場合、一切の不動産取引ができなくなることを長男は不安に思っていました。また、父の所有する賃貸不動産の多くも老朽化が進み、今後の空室やリフォームなどの問題についても、父本人が対応できなくなった場合にはどうしたらいいのか、答えが出せずに当事務所に相談されました。
家族信託による認知症対策
今回の相談について、当事務所から長男に対して、父の財産の管理・運用を目的とする家族信託を提案しました。
家族信託とは、簡単にいうと「本人の財産について、管理・運用する権利だけを信頼できる家族に移す」というものです。信託契約や不動産登記が必要となりますが、家族信託により、財産を託された家族が本人と同様に財産を処分したり、運用したりすることなどが可能になります。財産を託す本人を「委託者」、託される家族を「受託者」、財産から利益を受ける人を「受益者」といいます。
なお、他にも財産を管理する手法として後見人制度がありますが、後見人制度は本人の財産を守ることが目的のため、家族信託と比較して制約がかなり多く、合理的な理由がない限り、原則として不動産の売却等については認められません。
不動産取引、賃貸経営がスムーズに行えるように
今回は売却希望の土地、賃貸不動産、売却後資金を含む預貯金の管理・運用について、財産を託す委託者を父、財産を託される受託者を長男とする家族信託契約を締結しました。財産から利益を受ける受益者は父のままですので、父の今後の介護費用や生活費用は父自身で賄うことができます。実際の諸手続や制度の詳細な説明は、司法書士が行いました。
家族信託により、長男が時間に余裕をもって売却活動を行うことができ、当初想定していた価格よりも高く土地を売却することができました。また、自宅の新築についても、間取りや設備についてじっくりとプランを立てることができ、家族全員が納得した自宅を建てることができました。
また、今回の家族信託を機に不動産賃貸業を長男が承継し、顧問税理士となった当事務所と相談しながら家賃収入や入居者の管理の改善を進め、必要なリフォームを行うなどして安定した賃貸経営ができるようになりました。
もし家族信託をしていなければ、父の意志判断能力がなくなる前に土地を安値で叩き売っていたかもしれませんし、土地の売却や自宅の新築そのものができなかったかもしれません。また、今後の不動産賃貸業についても、管理やリフォームを十分に行うことができず、賃貸経営が悪化していた可能性があります。
実績のある専門家に相談を
家族信託はまだまだ新しい手法であり、実際に案件を行ったことがある専門家が非常に少ないのが実情です。また、家族信託にかかる報酬は、遺言書の作成等と比較して比較的高額になるため、実績のある専門家に相談して慎重に進めることをお勧めします。
※この記事は、「家主と地主7月号/相続税で検討したい節税のポイント 第二回 認知症対策で家族信託を活用した実例」に掲載された内容です。